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2008年6月8日発行「TEA TIME」から再録。






ある晴れた日の昼下がり。
花は微笑み、葉は声をあげて笑い出す。 英国邸の庭は、賑やかな午後の一時(ひととき)を過ごしていた。
妖精たちが集まり出して、屋敷の主人である青年を囲い始める。
小さな笑い声。 それにこたえる青年の声音は、普段の彼からは想像もつかないほどに柔らかい。
妖精が飛び回るたびに、キラキラと光が零れる。
ぽちゃん、とティーカップの中に砂糖が放り込まれた。
アーサーは、カップから飛んでいった光へ向かって、笑みを浮かべる。
陽の光が、アーサーの髪に反射して輝く。



この庭だけ、違う世界のようだ。
その光景をぼんやりと見つめつつ、フランシスは思った。
先程、アーサーが普段から仕事用に使っている書斎へと向かった。
しかし、部屋にかかっている時計をみて、すぐに庭へと足を向けた。
今日は、よく晴れた良い日だったから、きっと味気ないスコーンでも食べて紅茶を楽しんでいるのだと思ったので、一緒に楽しませてもらおうと考えていたのだが――
庭へと続く扉一枚ごしの世界が、あまりにも違いすぎて、フランシスは動けずにいた。
キラキラとアーサーに降り注ぐ陽光。
キラキラとアーサーのまわりを飛び交う光たち。
ふいに、その光たちがこちらを見て、笑った気がした。
すると次の瞬間、アーサーがこちらに気付いたようだった。
光に導かれるようにして、アーサーの瞳がフランシスの姿を捉える。
その途端、ふわり、と微笑った。不覚にも、その笑顔に目を奪われた。
(なんなんだその顔は……)
「フランシス」
呆けていると、アーサーが手招きして、フランシスの名を呼んだ。
「突っ立ってないで、こっちに来い」
『はやくはやく』
『綺麗な人』
『隣の国の人だ』
アーサーの声に重なるように、何かの声が聞こえた。
その声に誘われるように、アーサーは庭へと足を進める。
席につくと、自然な動作でアーサーがカップに紅茶を注いでくれた。
空になった自分のカップにも、同じように美しい動作で琥珀色の液体を注ぐ。
まわりの光が、強くなった気がした。
突然、ミルクを入れた容器が持ち上がりアーサーのカップへとミルクが注がれる。
みるみるうちに澄んだ琥珀色は、柔らかな麻色へと変化していく。
つい無意識に、フランシスはそのミルクを注いだのであろう光――たぶんアーサーの言うところの妖精――を撫でてしまった。 すると、光は驚いたのか飛び上がり、アーサーの影へと隠れてしまった。
「あ、わるい……」
どうしていいか分からず謝ると、アーサーはフランシスをじっと見ていた。
「……?」
「見えるのか」
すぐに、光のことを言っているのだと気付く。
「このお前のまわりを飛んでるキラキラしたのだったら」
それだけ言うとアーサーは全てを納得したようで、すぐに表情を戻すとカップに口をつけた。
何事もなかったように振舞っているが、そんな彼の影から光がチラチラとこちらを伺っているような気がして、フランシスとしては落ち着かなかった。
「お前のこと、気に入ったみたいだ」
アーサーは光を撫でながらフランシスに笑いかけた。
ひそひそとアーサーと光は囁きあう。 光がフランシスのもとへ飛んできた。
先程アーサーのカップにミルクを注いだように、琥珀の液体をたちまちに麻色の液体へと変えてしまった。
魔法みたいだ。
カップの中をぐるぐると踊るミルクを眺めながら、フランシスは思った。
「ありがとう」
光に礼を言うと、光が答えるように瞬いた。
カップを持ち上げると、アーサーが悪戯心を含んだ笑みでこちらを見ているのに気がついた。
「……なんだ」
「妖精からの贈り物には気をつけろよ。口に含んだ瞬間、こいつらの世界の住人だ」

”戻ってこれなくなるぞ。”

フランシスはカップに口をつけず、そのままソーサーへと戻した。
「じゃあお前はどうなんだ」
いつもからかっているお返しに俺もからかわれているのだろうか、とフランシスはアーサーに目を向ける。
アーサーは、今まで見たこともないような笑みを口元に浮かべていた。


GOLDEN AFTERNOON
(こいつも"彼女達"の世界の住人なのかと疑ってしまうだなんてそんな)


2008/06/28:初出
2009/08/26:再録


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