食らう。
本田の白い指が美しく箸を扱い、まるで菊の花のような形をした白くぶよぶよとした物体を赤い唇の中へと入れる。
その時にちらりと見える赤い舌の上に、白い物体が乗せられ唇は閉じられる。
その流れるような一連の動作を見ていると、食物を体内に取り込むという行為が、ひどく傲慢な行為に思えた。
醜くあると同時に、とても美しい。
慣れない箸を使い、本田と同じように白い物体を口の中に放り込む。
舌の上でどろりと溶けてしまうようだった。
少々クセのある味に逡巡するが、舌触りが生々しく記憶に残ってなぜかまた食べたくなった。
たどたどしい手つきで、白い物体をもう一度口に運んだ。
今、俺は本田と同じように美しくいれているだろうか。考えてみたが、どう考えても醜いだけのような気がした。
また、箸を口へと運ぶ。失敗して、器の中に白い物体がべちゃりと落ちた。
「いかがですか」
突然、本田がそう切り出した。
箸はきちんと揃えて置かれている。
手には酒の入った容器があった。日本の酒だ。
俺はそれを勧められるままに飲み干した。
小さなお猪口と呼ばれる器で飲む酒は、とても熱かった。
「お口に合いますか、」
先程まで白い物体を取り込んでいた唇が微笑みの形を作る。
やはり、美しいな、と思う。
清廉で、穢れなど知らないかのような唇。
しかしとても色気がある。
なぜだろう。
本田は不思議な生き物だとつくづく感じる。
「不思議な味がする」
正直、美味いか不味いかなど分からなかった。
なので思ったとおりのことを言う。不思議な味だ。
「私たちは命を頂いているのですよ」
だから、食事の前には頂きますと手を合わせるのです。命を頂きます、と。
「そして今まさしく私たちは命を頂いているのです」
ふふ、と本田がまた微笑む。唇の赤さが際立った。
「それが何なのか、ご存知ですか、」
それ、とは俺達が食べている白い物体だ。
この正体を俺は知らずにいる。
ただ本田が勧めるので食べている。見当もつかなかった。
「精巣です」
本田の言葉に、ぎょっとする。
食べてはいけないものを食べてしまった。そんな気持ちになった。
罪の意識が芽生えるのは何故だろう。
自分が男だから感傷的になっているだけなのだろうか。
それだけではない気がした。
そこまで考えて、納得した。
先程からの高揚感の正体はきっとこれなのだ。
醜く美しい本田の姿。
穢れているようで清らかな唇。
あの唇で、本田は命を食らっていた。そして自分も。
なんと傲慢な行為だろう。
「なぜだか、罪を食らっているような気にはなりませんか、」
本田はまた酒を勧めてきた。
俺はそれを受け、本田の言葉に耳を傾けた。次の言葉が、やけに脳に響く。
「そして私たちは罪を食らって元気になるんですよ」
白い指が、俺の頬へと伸ばされる。
熱いと感じるのは、決して酒のせいだけではない。
先程体内に取り込んだ食物が、体中を巡っている錯覚に襲われる。
「しかし、もし仮に私達のものが食らわれると思うとぞっとしませんね」
さも面白いことのように本田は言った。
考えただけでも寒気がするその冗談に、しかし俺は妙な高揚を覚えた。
本田の指が頬をなぞる。東洋人特有の肌理の細かい肌にむしょうに触れたくなる。
指先だけでは足りなかった。知らず知らずのうちに息が上がる。
「ねぇ、アーサーさん」
ヤりませんか。
食らう
(珍しく下世話な物言いをする本田は、醜く、そしてやはり美しかった。)
2007/12/10
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