彼は愛されることを知った。

「アーサー」
 呼びかけると、大輪の薔薇の中から男が現れた。
 くすんだ金色の髪には、花弁がいくつか絡まっている。
 彼の髪にそれは大層映えるような気がする。
「久しぶりやんな」
「……ご無沙汰すぎて、名前も思い出せねぇな」
「そんなこと云って、寂しかったんやろ?」
「馬鹿馬鹿しい」
 彼はため息をつくと、すぐにまた薔薇の中に消えてしまった。
 薔薇を傷つけないように、彼のもとへ向かう。
 温かな陽の光を浴びて、さわやかな風に吹かれて、薔薇たちは気持ちよさそうだ。
 彼はせっせと愛しい彼女たちに愛を注いでいる。
 私は、髪に花弁を絡ませながら働く彼の姿が好きだ。
 頬に泥をつけながら、汗を拭う姿が好きだ。
 その慈しみに満ちた瞳が好きだ。
「……」
 そばで暫く見ていたかったが、邪険にされるのも寂しいので彼から離れる。
 庭園のベンチに腰掛ける。
 ここ数か月、仕事に追われてまともに連絡をとっていなかった。
 だからどうというわけでもないが、妙に恋しく思えてならない。
 ごろりとベンチに横たわる。
 気持ちのいい晴天だ。
 彼の愛する国の湿りを帯びた空気も時にはいいが、自分にはこうした晴天のほうが性にあっている。
 微かに薔薇の香りが鼻孔をくすぐるのが、また気分がいい。
 彼女たちは、本当に彼に愛されている。
 そしてそのことを、彼女たちはよく知っている。
 だからこそ、こんなにも誇らしげに咲き誇り、香りを放つ。
 本当に、なんと素敵な休日だろうか。
 気が付けば、私は眠っていたらしい。
 瞼を開けると、影が私を覆っていた。
「……」
 私の横で、アーサーが腰かけている。
 逆光でその表情は窺いしれないが、きゅっと結ばれた口元が見える。
「……」
 その口元に触れたくて、私は手を伸ばした。
「……」
 私が起きたことに気づいた彼は何も言わない。
 その口元は閉ざされたままだ。
 ただ、活字を追っていた視線を私に移すだけ。
 彼の唇をそっと撫でる。
 少しかさついている唇。
 上半身を起こす。
 彼の口元に触れていた指先を滑らせて、頬を撫で引き寄せた。
 彼からは、微かに薔薇の香りがした。








 彼から、汗とは違った香りがした。
 それは鼻先を掠め、そして私の体中を駆け抜ける。
 表現しようもない快感が脳髄を刺激した。
 結合部からは、卑猥な音が響き続けている。
 アーサーの口元はうっすらと笑みが浮かべられて、瞳は満たされたように陶然としている。
 目元が淡く色づいているのが、酷く扇情的だった。
 髪の中に指が差し込まれ引き寄せられる。
 すん、と彼の鼻が動く。
 次いで唇が塞がれた。
 絡みあう舌先が心地よい。
 ぐっと腰を沈めれば、彼の体は跳ねた。
「ぁっ……」
 離れた唇が、再び私の唇を求める。
 私たちは体を繋げあい、そして互いの唇を貪りながら上りつめていく。
 息があがっている。
 断続的に吐き出される、荒い呼吸音が興奮を誘った。
「……アーサー…、」
 互いの間に垂れた糸を絡め取るように、私は彼の口の端にキスをした。
 可愛らしい音が妙に可笑しい。
 思わず頬が緩むと、彼も目尻を下げて笑った。
 彼はとても綺麗に咲き誇っている。
 甘い香りで、私を誘う。
 それは愛される歓びを知っているからだ。
 愛されることを知っているからだ。





彼は、愛されることを知った。
そして、それを教えたのは他ならぬ私なのだ。

20101019

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