Asmodeus






 蝋燭の火が揺れる。
 大きなテーブルの向かいでは、禁欲的な美人が食事を口へと運んでいる。
 あの後、私は事の次第を彼に説明した。
 あからさまに不快感を示す彼の態度からは全く歓迎されていないことが分かったが、なんとか屋敷に入ることを許され、こうして夕食の席を共にしている。
 彼はカークランドと名乗った。
 そしてこの屋敷の主人だとも。
 その時のことを思いだす。
 思わず驚きの表情を出してしまった私に、彼はその緑の瞳をぎらりと光らせた。
(「たしかに、失礼やったよな……」)
 どう見ても10代にしか見えないが、もしかしたら自分よりも年上なのかもしれない。
 それとも、10代でいたしかたのない事情で主人となってしまったのかもしれない。
 どちらにしても、自分のあの態度は無礼であったことには変わりないだろう。
 さすがに冷たい態度には堪えるものがあったが、問答無用で扉を閉められなかっただけありがたいと思わねばならない。
 そう。
 この冷たく、なんとも表現しようもない口当たりの食事だったとしても、だ。
 皿にもられたこれは何かのパテだろう。
 しかし口にしても何の肉を使ったパテだか一向に想像が出来ない。
 妙に生臭く、赤みが強い。
 鉄臭さが鼻につく。
 しかし、屋敷の主人は何食わぬ顔してそれを咀嚼している。
「……」
 私はグラスに注がれた葡萄酒でそれを流し込む。
 真っ赤なグラスに、真っ赤な葡萄酒。 
 なぜかそれは、とろりとした口当たりで喉を通り抜けた。
 屋敷の主人に視線をやると、ちょうどグラスを傾けているところだった。
 形のいい唇がグラスに口付け、紅い葡萄酒をあおる。
 白い喉が上下する。
 塗れた唇を、赤い舌が舐めた。
 見てはいけないものを見てしまった気がして、視線を外す。
 壁にかかった像と目があった。
 牡牛と人間と山羊の頭を持った半身像。
 再び赤い液体を喉に流し込む。
 葡萄酒には飲みなれているはずなのに、あまりにも強い芳香とアルコールに、くらりとした。
 



Asmodeus
色欲を司る悪魔

2010.11.24
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