Shadow
あてがわれた部屋は大した照明器具もなく、ひどく埃臭かった。
部屋を案内した主人は一言二言何かを言い残し、すぐに去っていってしまう。
何を言っているのかきちんと理解もしないまま、私はそれに返事をしてしまった気がする。
葡萄酒に呑まれたのか。
それとも、色香にあてられてしまったのか。
身体がふわふわとした浮遊感に満たされている。
手に持っていたコートを椅子に放り投げ、カーディガンを脱ぎながらキングサイズのベッドに倒れこむ。
黴の匂いが鼻孔をかすめた。
薄いカーテン越しに、月の蒼い光が部屋を照らす。
今夜の女神は、ふくよかな肢体を惜しげもなく晒している。
ごろんと身体を反転させ、仰向けに横たわる。
身体の奥が熱い。
足だけでブーツを脱ぎ、シャツのボタンを外す。
行儀の悪さは認めるがそれを咎める第三者はここにはいない。
冷たい光が心地よくて静かに瞳を閉じる。
そのまま、私は夢の世界へと旅立った。
かたん。
小さな物音に意識が覚醒した。
月の蒼い光に目を眇める。
衣擦れの音をさせながら半身を起こす。
眠りにつく前に比べると随分と頭がすっきりした気がする。
かたかた……。
ベッドの下で物音が聞こえたかと思うと、それは移動していく。
見ると、扉が僅かに開いていた。
軋んだ音を立てながら、風もないのに揺れている扉。
「……」
乱れた髪をかき、大きく息を吸い込みながら腕を伸ばす。
放り出していたブーツをはき、シャツのボタンを留める。
ベッドの隅に押しやられていたカーディガンを羽織り、足を進める。
扉を押し、廊下へと顔を出すと、ひんやりとした空気が頬に纏わりつく。
「……さむ」
扉を閉め直そうとした私だったが、微かに聞こえる物音にその手を止めた。
しかし、先ほどから聞いていた無機質な音ではない。
物音というよりも、それは旋律。
暗い廊下の先の先。
遠くから僅かに聞こえてくるものだ。
賑やかな気配が伝わってくる。
しかし現実感のない、そんな気配。
多くのフィルターをかけたような、違う次元のものを感じているような、なんともいえない気配に私は首を傾げた。
そもそもこの屋敷にそんなに人がいるものなのだろうか。
主人の様子を見ている限りでは、そんなそぶりは全くなかったのだが。
ぎぃ……、ばたん。
私の背後で、扉が軋んだ音をたてながら閉じた。
頼りないランプの光が、廊下の先をおぼろげに照らしていた。
Shadow
気配なき気配。
2010.11.24
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