恋の始まり
私たちには、半ば習慣と化してしまったことがある。
最初は酔ったうえでの戯れだった。
それが回数を重ねるうちに、アルコールの入らない時にも行なうようになり、惰性のような習慣と変わっていった。
しかし、どう冷静に考えても。
「こんなん、おかしいやろ……」
「どうして? 気持ちいいだろう」
「せやかてっ」
男の指が先端の窪みを抉ると、息がつまった。
「うぁっ……」
白い指が、私のものとイギリスのものを擦り合せる。
綺麗な指だ。白くて、長い指。爪の先まで整っている。
「いいから集中しろよ」
意識をどこかへやろうとする私の様子に、イギリスは焦れたように舌打ちした。
耳元で聞こえた声の中に、追い詰められた熱を感じとり、私の体の内へと伝染する。
ちりちりとした火が、体の奥を焦がしていく。
いつもそうだ。
何かを考えていたはずなのに、最後にはどうでもよくなってしまう。
ただ熱に追い立てるままに、欲望を弾けさせる。
イギリスの指が絡まったまま、私たちは互いの腰を揺らす。
二人の呼吸が絡まる。
気付けば私はイギリスの首にすがり、淡く色づいた首筋に噛みついていた。
「ぁ……」
掠れたイギリスの小さな喘ぎ声。
そんな声出さないでくれ。
体の奥底で弾け飛ぶ白。
視界の片隅には、噛みちぎった赤。
イギリスが私の横に倒れた。
噛み傷から滴る血が痛々しい。
「……フランスとしたったらええのに」
ぽつりと、普段からの疑問が零れた。
自分としては何気ない、純粋な疑問だった。
体を繋げるでもなく性器を擦り合せるだけの戯れならば、私よりもフランス相手のほうが心安いだろうに。
ベッドが軋む。
イギリスが、私に覆いかぶさった。
「っ……!」
突然、萎えた性器を握られたと思うと、乱暴に扱き始めた。
「やめ……っ、あかんて……!」
予想外にしっかりした胸板を押す。私はこの生の肌の感触が好きだった。
目の奥がちかちかする。
光を背にしたイギリスの細い髪の間から、光がきらきらと踊っている。
「……ぁ…」
生臭さが広がる中で、時折感じる薔薇の香り。そして汗の匂い。
ぽたり。
胸に、汗が落ちた。
私はよく分からぬままに絶頂を迎えたが、しっかりとイギリスの顔だけは視界に捉えていた。
なぜ。どうして。
「……そんな泣きそうな顔してんの?」
達した私を真上からじっと眺めていたイギリスは、腕の力を抜いて乱暴に体重を預けてきた。
胸と胸がぴたりと合わさり、振動が伝わる。
「……しんど」
やっと息を整えて、胸の奥から空気を吐き出した。
小さく、すまないと耳元で聞こえる。
柔らかな髪を優しく撫でてやる。
「……俺はフランスとしたいわけじゃないだ」
まるで幼子のような、拗ねた声音だった。注意しなければ見落としてしまいそうなほど、ほんの少しの甘えを滲ませた声。
予想のしなかった無防備さに、私は堪らない愛しさを感じてしまった。
まさか。
イギリス相手に。
こんな気持ちになるなんて。
「お前を使って自慰をしたいわけでも無い」
言わなくても分かるだろう。
らしくない、もごもごとした口調。
しかし、残念ながらそれには胸は高鳴りはしない。
「ちょいまち、ちょいまち」
甘えを滲ませてくれるのは嬉しいが、全てを許すわけにはいかない。
言わなくても分かる?
そんな都合のいい話はないだろう。まるで私が察しの悪い男のようだ。そんなことはない。断じて。たぶん。
私は悲鳴をあげる体に鞭打って、起き上がった。
「何勝手なこと言ってんねん。言わんと分からんよ、そんなこと」
一緒に体を起こしたイギリスの両頬を少し力を込めて、両手で挟み込む。
「……って、なんちゅう顔してんの」
自慢の眉が下がった顔。
これがあのイギリス?
知らないことが多すぎる。
勘弁してくれ。
知りたいと思ってしまったじゃないか。
「……」
一瞬にして感じた怒りは、一瞬にして消えてしまった。
「俺が苛めてるみたいやから、やめてぇや」
こつん、と額を合わせる。
「でもやっぱり、言葉にせえへんと分かられへんよ。おれたちはただの動物とちゃうねんから、使えるもんは使おうや」
今までイギリス相手にしたことのないような、甘いキスを贈る。
欲情したキスではなくて、愛しさを込めた優しい口付け。
口ごもっていたイギリスは、それで決心したように下げていた眉を険しくした。
ともすれば怒っているかのように見える表情だったが、今の私には分かる。
「……俺は、」
つまり、この男は、私への想いを告げようとして。
「お前と気持ち良くなりたい」
緊張しているのだ。
「スペイン、お前が好きなんだ」
可愛らしい男ではないか。
「あはっ…!」
「なっ……んで笑うんだ!!」
張りつめた空気は、私の笑い声で緩んでしまった。
今度こそイギリスは緊張ではなく怒りで顔を険しくする。
けれど一目見れば分かる。
真っ赤になった顔。
この男は照れている。
「おれのこと、ほんまに好きなんやね」
可笑しくて、涙が出てくる。
そして胸には愛おしさが溢れてくる。
「イギリス」
ひとしきり笑ってから、イギリスに向き合う。
憮然とした表情のイギリスだったが、まだ少し緊張しているようだった。
「おれは、イギリスをそんな風に見たことがない」
少しだけ、緑色の瞳が揺れた。
でもその瞳で私をよく見ていてくれ。
言わなくてもわかるだろうと言ったお前なら、分かるだろう。
私は、自分でも驚くほど穏やかな顔をしているはずだ。
「けどな、なんやびっくりするくらい、ほだされそうな予感はしとる」
手を伸ばし、イギリスの頬を撫でた。
「これがお前とまるっきり同じ気持ちとは思えんけど、おれもお前と気持ちようなりたい」
親指の腹で頬をくすぐると、イギリスは心地よさそうに目尻を下げた。
「お前を気持ちよくさせたいし、気持ちよくしてもらいたい」
だから、頑張って俺のこと落としてみぃ。
にやりと笑って口にすると、痛いくらいに抱きしめられた。
合わさった胸から、心臓の打つ感覚が伝わる。
どくどくと激しく打つその振動が、私の心を揺さぶる。
目の前には、私が噛みついた首筋の傷痕。
かぷり。
思い切り噛んでやると、抱きしめてくる体が跳ねた。
恨めし気に睨まれ、私は声を上げて笑った。
恋の始まり
それは知りたいと思うことから。
20110909
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