跪いて、足をお舐め。
「足を舐めろ」
男の部屋に入りシャワーでも浴びようとしたら、そんなものはいいからとベッドへと連れてこられた。
今日はやたらと性急に求めるものだと、つい溜まっているのか、と思ったが口にはしなかった。
自分も似たようなものだし構わないかとベッドに腰掛けたままシャツを脱ごうと手をかけたとき、先にベッドに上がっていた男は言った。
「はあ?」
「聞こえなかったのか? 足を舐めろよ」
そう言って、シャツ一枚だけを羽織った男は爪先を突き出してくる。
白いシャツから伸びた脚。
喉が上下した。
ふ、と自分の首筋から汗の匂いがたちこめた。
今日は、暑かった。
太陽がじりじりと容赦なく肌を焼いた。
「いやや」
掠れた声が出た。
ああ情けない。
空気を震わせ、骨から伝わる己の声に、つまらぬ意地を張ってしまったと後悔した。
跪いて足を舐めるだなんて屈辱的な演出だが、それすら快楽に変えてしまえば良い。
けれど女王然とした男の態度に、素直に従う気にはなれなかった。
いつでも自分の思う通りになると思うなよ。
「ほぅ」
男の眉が上がる。
小生意気な仕草だ。
その傲慢な表情を崩したい。
「ああ、でもイギリスが舐めてくれるんやったら、ええで」
プライドの高いお前には無理だろう。
暗に仄めかして笑った。
多少、意地の悪い笑みになってしまったのは、先ほど動揺してしまったせいだ。
きっと男は釈然としない顔をして、一言二言、嫌味を言ってから結局は普段通り、事に及ぶだろうと思った。
しかし、私の予想に反して男は楽しそうに笑った。
「いいぜ」
ぎし。
ベッドが軋む。
するりとシャツを纏った男は床に降りる。
金色の髪が揺れ、男が使っているハーブのヘアシャンプーの香りがした。
「な、に」
「何って、お前のを舐めてやるって言ってるんだ」
ブーツ越しに、ふくらはぎを掴まれる。
下から掬うように持たれ、軽く掴まれているだけなのに逃げられない。
しゅる。
親指と人差し指。それに挟まれるブーツの紐。
少し引くだけで、あっけないほど簡単に解けてしまった。
男に掴まれた右足だけ、固まってしまったように動けない。
そこまでする必要もないのに、男は紐を穴から丁寧に抜き取っていく。
一つずつ、一つずつ。
男の指が紐を挟み、引く。
紐は穴を抜け出し、男の指の間を滑る。
男の指に全てを撫でられ、紐はくたりと落ちていく。
それを何度も繰り返す。
男の動作に、迷いはなかった。
背筋から指先まで、男の所作には隙がない。
全ての穴から抜け出した紐は、男の掌からはらりと落ちた。
踵から、ゆっくりとブーツが抜け落ちていく。
ごとんっ。
丁寧すぎるほどだった先ほどの動作のわりに、ブーツは乱暴に放り捨てられる。
靴下も取り払われ、男は私の右脚を恭しく持ち上げた。
優美ともいえるほど美しい男の所作が、まるで儀式めいていて私はぞわりと背筋が震えた。
それは甘美な震えなどではなく、畏れにも似た震えだ。
この儀式を通して私は、
――取り込まれてしまう。
男の鼻先が爪先に寄せられ、すんと鳴った。
その途端、畏れが羞恥に変わる。
「イギリスっ、やめ」
蒸れた指の間に舌が這う。
「ひ、ぅっ……」
一本一本、執拗なほど濡らされる。
男の舌は爪先から指の間、足の甲、そして踵までを支配していく。
その舌の動きから、目が離せない。
かぷり。
踵を、齧られた。
「ほんま、やめぇや……」
ちらりと視線が上がった。
「っ、ぁ……」
なぜだろう。
見下ろしているのは私のはずなのに。
その瞳に、見下ろされているような気にさせられる。
「ん、」
両手で足を掲げられ、爪先にキスをされた。
にやりと男が笑う。
それは、とても凶悪な顔だった。
まずいと思った時にはもう遅い。
獣のような俊敏さで、男はベッドに飛び乗ってきた。
首に手がかかる。
ぎぃっ、ぎしっ。
「さあ、次はお前の番だ」
舌なめずりせんばかりの男の瞳は、爛々と輝いている。
ああなんて楽しそうな顔をするのだろう。
しなやかな動きで私の体から離れると、男は再びシャツから脚を伸ばしてきた。
正直に言おう。
その脚はとても魅力的で、私は男の脚のラインが好きだ。
ふくらはぎから足首へかけての曲線が気に入っている。
だから、その脚が伸びてきたならば欲情のスイッチが入っている体は容易く反応してしまうし、乱暴にベッドから蹴落とされて爪先を鼻先に突き付けられても、やはり喉を上下させてしまうのは仕方ない。
けれど一つだけ、気に食わないことがあった。
「約束、だろ」
我儘な女王のような傲慢さで、男は私を見下ろす。
美しい爪先。
仄かに残る、石鹸の香り。
「自分だけ、ずるない?」
眉を寄せた私に、爪先を揺らしながら、男は笑った。
跪いて、足をお舐め。
形だけ跪くことなんて、簡単なことなのです。
20110920
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